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一の坂、二の坂、三の坂

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翌日の早朝、予約していたレンタカーを借りて、田原坂に向かいます。
今時のレンタカーは、カーナビが当たり前に付いていて、非常に便利ですね。
軽自動車のワゴンRだったので、狭い山道でもヘッチャラでした。(^^)
とりあえずJR田原坂を目標に行って、そこで観光案内マップでも貰おうかなと思ったのですが、思いっきり寂れた無人駅で、何も置いてありませんでした。
ゆっくり歩いてきた老女の方に、古戦場の田原坂てどこですか?と教えて貰ってから分かれたら、電車がやって来てしまった…。
ゆっくりとした足取りだったので、とても間に合うとは思えなかったのですが、大丈夫だろうか…。σ(^_^;)

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という訳で、田原坂駅から県道31号を少し西に向かい、国道208号と交差する場所の少し手前で、田原坂を通る旧道に入ります。
入って暫くすると、一の坂が見えてきます。
ここには駐車場があったので、ここで停車します。

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一の坂、二の坂、三の坂にかけて、激戦が繰り広げられた地点です。
熊本城を築いた加藤清正は、熊本城から田原坂にかけての道を防御拠点と考えており、くり抜いた凹道として、防衛に有利な構造にしてました。現在もその状態が残っています。
二の坂まで歩いて行ってから、車を移動させるために引き返すことにしました。

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二の坂と三の坂の中間に、谷村計介之碑があります。
陸軍伍長谷村計介は、西南戦争において熊本城守備隊として任に付きましたが、命により密使として討伐軍本営との連絡に向かう途中で西郷軍に捕まりましたが、「老婆を残してきたので城を脱走した」と偽って脱走し、任務を果たしました。
その後、第1戦に復帰し、田原坂緒戦の3月4日に戦死したとされています。

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谷村計介之碑と三の坂では、駐車場が無かったので、短時間ですが路上駐車しましたが、後で分かりましたが、田原坂公園の北側駐車場からそれ程遠くないので、こちらに停車して歩いていくことをお薦めします。
三の坂付近は、「越すに越されぬ田原坂」と言われましたが、普通に歩いて行く分には全然楽勝です。(^^)

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