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二〇三高地

P2120084.jpg
いよいよ、旅順要塞部にやって参りました。
まずは二〇三高地です。
言うまでもなく、旅順港に逃げ込んだロシア旅順艦隊を砲撃する際の弾着を観測する場所として、日露の間で激戦が繰り広げられた場所です。
一説によると海軍秋山真之少佐の進言によると言われています。

P2120069.jpg
先ほどのところから10分ほど歩くと、二〇三高地の頂上に到達します。
頂上には、「璽霊山」と書かれた忠魂碑があります。
「璽霊山」の名は、乃木希典の漢詩に由来します。
材料は、現地に残された砲弾片から作られているとのことです。
文化大革命時に先尖部分が破壊されましたが、後に復元されました。

P2120074.jpg
二〇三高地から旅順港を眺めた図です。
基本的な地勢は変わっていないことが分かります。
二〇三高地から旅順港までは約4㎞、確かに眺めは良いです。

P2120077.jpg
二〇三高地から日本軍が攻め上ってきた北方向を撮影しました。
樹木で視界は遮られていますが、二〇三高地が小高い丘であることがよく分かります。
P2120075.jpg
二〇三高地上で、旅順港強襲(GJ)のマップを広げて地勢を確認します。\(^o^)/

二〇三高地は確かに小高い丘であり、当時は樹木が生えていない禿げ山であったそうですから、これに攻略に困難を極めたのは容易に想像できます。
しかし、後に見学する東鶏冠山などの保塁と比べれば、遙かにその防備は手薄であり、二〇三高地に主攻撃を設定した戦略は正しかったのだと思いました。
ちなみに、乃木希典の漢詩は以下のとおりです。

爾霊山
 爾霊山嶮豈難攀 (爾霊山険しかれども 豈に攀(よ)ぢ難からんや)
 男子功名期克艱 (男子功名 克艱を期す)
 鐵血覆山山形改 (鉄血山を覆し 山形改む)
 萬人斉仰爾霊山 (万人斉しく仰ぐ 爾霊山)



コメント

No title

現在の中国海軍基地は二〇三高地からの視認を遮蔽するような措置はされているのでしょうか?

No title

特にやっていないようでしたね。
偵察衛星が詳細な写真を撮影してしまうご時世ですので、視界を遮ること自体には意味が無くなっているのだと思います。

No title

まあ、確かにそうですねw
衛星から見えないようにするには地底式の軍港とかにしないとw

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