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水師営

P2120093.jpg
中国旅行の話に戻って、次は水師営です。
1905年1月15日、第三軍司令官乃木希典大将と旅順要塞司令官アナトーリイ・ステッセリ中将との間で、会見が行われた場所です。

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会見に使われた建物は、民家の1つを野戦病院として使用していたものだそうです。
本物の建物は、ソ連進駐時に破壊されたそうです。
…まぁ、仕方ないか(笑)。
現在の建物は、1996年に復元されたものです。
文部省唱歌「水師営の会見」でなつめの木が出てきますが、建物の横に生えているなつめの木が当時のものかどうかは分かりません(大きさから判断して違う気がしますが…。)。

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このテーブルと椅子は、実際に会見時に使用されたものなのだそうです。
本当はテーブルではなく、野戦病院で使われていた手術台なのだそうです。

水師営(すいしえい、簡体字:水师营、拼音:Shuǐshīyíng 、シュイシーイン)は、中国清朝・北洋艦隊(清国での呼称:北洋水師)隊員の駐屯地の意味。
元々は清国各地の海岸や河の軍港近くにあったが、現代日本では一般的に、1905年日露戦争中の旅順軍港攻防戦の停戦条約が締結されたことで有名な、遼寧省大連市旅順の水師営を指す。

(Wikipediaより引用)


復元されてものとはいえ、なかなか良い雰囲気に再現されており、当時を偲ばせてくれます。
しかし、周辺では開発が始まっているようであり、要塞近郊の荒れ地という雰囲気は、近い将来は無くなってしまうかもしれません。

文部省唱歌「水師営の会見」

1 旅順開城 約なりて
  敵の将軍ステッセル
  乃木大将と会見の 所はいずこ水師営
 
2 庭に一本なつめの木 弾丸あともいちじるく
  くずれ残れる民屋に いまぞ相見る二将軍

3 乃木大将はおごそかに みめぐみ深き大君の
  大みことのり伝うれば 彼かしこみて謝しまつる
 
4 昨日の敵は今日の友 語る言葉もうちとけて
  われはたたえつ彼の防備 彼はたたえつわが武勇

5 かたち正していい出でぬ 「この方面の戦闘に
  二子をうしない給いつる 閣下の心いかにぞ」と

6 「二人のわが子それぞれに 死所をえたるを喜べり
  これぞ武門の面目」と 大将答え力あり

7 両将昼食ともにして なおもつきせぬ物語
  「われに愛する良馬あり 今日の記念に献ずべし」

8 「厚意謝するに余りあり 軍のおきてにしたがいて
  他日わが手に受領せば 長くいたわり養わん」

9 「さらば」と握手ねんごろに 別れて行くや右左
  砲音たえし砲台に ひらめき立てり日の御旗

コメント

No title

中国にとっても余り良い歴史ではないと思うのだけど、
わざわざ復元したというのはすごいですね。

No title

歴史教育のため、というのは建前で、日本人観光客目当てじゃないかと思います。(^^)
まぁでも、韓国などと比較すると、政治的な意図で文化財を破壊する傾向は少ないように思いますね。
もっとも、今後は開発のために失われるケースが増えてくるでしょうね。

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