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ローマ人の物語Ⅷ 危機と克服

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 タイトル:ローマ人の物語Ⅷ 危機と克服
 著者:塩野七生
 出版社:新潮社

ユリウス・クラウディウス朝が断絶した後、各地の軍団の支持を背景に、次々に皇帝が入れ替わる内乱期を迎えます。
ガルバ、オトー、ヴィテリウス…、69年には4人の皇帝が即位を宣言するという異常事態です。

この内乱を鎮圧したのは、66年にパレスチナで起きた反乱(ユダヤ戦争)を鎮圧するために皇帝ネロに派遣された、ユダヤ総督ウェスパシアヌスでした。
ローマ帝国の東側世界の支持を着実に得つつ、イタリアへ軍を向け、アントニウス・プリムスが占拠していたローマに、70年に入城をします。
同じく、70年9月には息子のティトゥスの指揮によりイエルサレムが陥落して、ローマは落ち着きを取り戻しました。ここにフラヴィウス朝が成立します。

2代目のティトゥスは、父とともに軍務に従事した経験を持ち、また、父が皇帝となった後は、父を補佐して行政に従事していました。
ポンペイ噴火、ローマ大火災などの自然災害に遭遇するもよく統治しますが、惜しいことにわずか2年の治世で終わってしまいます。

早世した兄に代わって登場したドミティアヌスは、当初は穏健な治世でしたが、元老院議員などを度々告発して死刑にするなど、次第に暴虐となりました。最後は、側近によって暗殺されたとされています。
ドミティアヌスの死後は記憶抹消刑に処せられ、彼が作ってその名が冠せられた公共建築から彼の業績は消えました。

こうして、再び世襲制の弊害を痛感した元老院は、人望がありながら、実子がいないネルヴァを皇帝に推すことになります。
マリウスの改革から始まった、市民軍から職業軍人制への移行により、ローマ軍団は常備軍となりました。
そして、自己の権益保持や組織維持のための、軍事力を備えた政治団体へ変わりつつありました。
軍隊といえども行政組織ですから、その長たる皇帝がしっかり統率していれば問題はありません。
しかし、悪政により信を失い、皇帝が指揮統制権を失うと、各地の軍団が軍事力を背景に、勝手に皇帝を擁立して互いに争うという暴走を始めることになります。

後の軍人皇帝時代にも同様のことが発生しますし、またローマ帝国以降現在に至るまで、同様のことは歴史上散見されます。
否、ローマ帝国以前にもあったのでしょう。
歴史は繰り返すと言ってしまえばそれまでですが、少なくとも自分たちの国家が同様の事態に陥ることだけは避けたいものです。

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