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ローマ人の物語Ⅸ 賢帝の世紀

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 タイトル:ローマ人の物語Ⅸ 賢帝の世紀
 著者:塩野七生
 出版社:新潮社

五賢帝とは、1世紀末から2世紀後期に在位したローマ皇帝である、ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスの5人の皇帝を指します。
このうち、ネルヴァは前巻で登場しました。また、マルクス・アウレリウスは次巻に登場します。そのため、本書で扱うのは、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウスの3名です。

老帝ネルヴァは、後継者としてヒスパニア属州出身で、高地ゲルマニア総督であったトラヤヌスを後継者として選び、養子に迎えます。
即位後、トラヤヌスは直ちにローマに帰還せず、後のドナウ川戦線での攻勢の側面強化のため、ゲルマニアで防壁(リメス)の強化を行います。
攻勢の準備が整った後、トラヤヌスはドミティアヌスが不名誉な講和を強いらされた、ダキアに2度に渡って攻勢をかけ、これに勝利を収めます。ダキアを現在風の表現であれば民族浄化、つまりはダギア族の抹殺とローマ人の入植を行い、ロマニア(後のルーマニア)が成立します。
更に、トラヤヌスはパルテイア遠征を行い、メソポタミアを一時的に属州にして、ローマは最大版図を実現しますが、従軍中に病いの床に伏します。

ハドリアヌスの後継者指名は、若干不明瞭なところもありますが、いずれにせよトラヤヌスの皇后プロティナの支持を受け、次代の皇帝に即位します。この点は「小説」なので、もうちょっと突っ込んでも面白かったように思います。
治世初期の元老院議員の暗殺など、自身の攻撃的な姿勢とは裏腹に、ハドリアヌスの外交姿勢は拡大路線を捨て、防御重視であり、パルティアへの攻勢は中止し、メソポタミアは放棄して、東部国境を縮小・安定化させます。
更に、帝国内を徹底的に巡察し、「ハドリアヌス防壁」を始めとする、防壁(リメス)を徹底的に強化します。
ハドリアヌスの治世は、皇帝が首都を不在にすることが多かったことと、皇帝が元老員を軽視していたため、評判がかなり悪かったようですが、この防壁の強化のお陰で、マルクス・アウレリウス時代に蛮族の進入に対して対処できたと評価することができます。

アントニウス・ピウスは、ハドリアヌスの側近でしたが、マルクス・アンニウスとルキウス・ウェルスを養子にして、次代皇帝とすることを条件に、ハドリアヌスの後継者に指名されます。
即位後、元老院はハドリアヌスを皇帝の通例である神格化を拒否し、記録抹殺刑に処しようとしましたが、アントニウス・ピウスはねばり強く元老院を説得し、ハドリアヌスを神格化の決議を得ます。
このため、ピウス、すなわち「慈悲深い人」と渾名されるようになりました。
アントニウス・ピウスの治世は、平和と安定が続く、ローマ帝国にとっては最良の時期とも言える時代でした。
しかし、防備一辺倒で攻勢能力を欠いたかのようなローマの対外姿勢が、軍事的プレゼンスを低下させ、その後のマルクス・アウレリウスの時代以降の蛮族の進入を誘発することになったとも言えます。
ラテン語で人名についた「~アヌス」「-ianus」は、養子を意味する接尾語です。
オクタヴィウスはカエサルの養子になって、オクタヴィアヌスになります。
トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスは、その名のとおり、全員が先帝が後継者として指名した養子であり、実子は一人もいません。
(もっとも、マルクス・アウレリウス以外には実子がいなかったようですが。)

この、先帝が能力を認めた者を、後継者としての権威付けのために養子とした上で、帝位を継がせるという方法は、五賢帝の時代に実によく機能し、全員が善政を行い、また、軍団の反乱等の社会不安も発生しませんでした。
中小企業の社長が後継者を指名するときに、実子の能力に不満がある場合は、能力のある者を婿養子として迎えて後継者にすると、会社が後々も安泰になるという話を聞いたことがあります。
丁度、同じような感じですね。^^

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