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ローマ人の物語XIV キリストの勝利

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 タイトル:ローマ人の物語XIV キリストの勝利
 著者:塩野七生
 出版社:新潮社

われらが軍の将兵たちについて、臆病であったとか意志薄弱とか、怠け者であったとかは言うのはやめよう。また、蛮族たちのほうが戦士として優秀であるという説も聴きたくもない。
もはや敵は、士気でも戦術でも入念さでも、われらが軍の将兵たちと、完全に対等な水準にあると認めるしかない。
(略)
この敵が、われわれを追い越すのはいつだろう。彼らの止まることのない勢いは、疎外され排除される一方の古来の神々のうちの誰かが、われわれに腹を立て、蛮族の側に立って闘ってでもいるかのように思える。

本書では、コンスタンティウス2世からユリアヌスを経て、テオドシウスの時代までを扱います。
コンスタンティヌスの死後、帝国は皇族が次々に殺される血まな臭い時代を迎えます。皇帝コンスタンティウス2世は宦官の甘言に踊らされて親族を殺しつくしてしまい、唯一残ったユリアヌスを副帝にしますが、彼とも対立します。
しかし、コンスタンティウス2世は対決の直前に世を去り、ユリアヌスが正帝となり、各種の改革、ことに、キリスト教優遇政策の見直しを図ります。
しかし、ユリアヌスはキリスト教徒を弾圧した訳ではなく、免税特権の廃止など、ギリシア・ローマ神殿の修復やユダヤ教ののエルサレム神殿の再建など、諸宗教の勢力均衡を図ったものに過ぎませんが、後生はそんな彼を「背教者ユリアヌス」と呼ぶようになりました。

軍事面でも非凡な才を示したユリアヌスでしたが、その没後、再びキリスト教を信仰する皇帝がつき、ユリアヌスの宗教政策は否定されることになりました。
そして、375年にフン族の移動を契機に、ゲルマン民族の大移動が起こり、帝国は大きな危機に直面します。ヴァレンス帝はゴート族の圧力に屈し、帝国に従うことを条件に、ついにドナウ川の南側にゴート族の移住を許可します。ここにおいて、カエサルがライン川を防衛線と定め、ティベリウスがドナウ川に構築した、帝国の防衛線(リメス)は崩壊します。
しかし、この和平も一時的なものであり、再びドナウ南岸のゴート族が活性化してしまいます。そして、378年のハドリアノポリスの戦いにおいて、ローマ軍は大敗を喫し、ヴァレンス帝は戦死しました。冒頭の文章は、この敗戦を知って、哲学者リバニウスが述べたものです。

この困難な時期にテオドシウスはローマ皇帝に即位しました。テオドシウスはゴート族に対し宥和政策を取り、トラキア北部へ同盟部族としての移住を認め、自治権と帝国への納税義務を免除します。言うなれば、国土の切り売りであり、ローマ帝国の蛮族化が進むことになりました。
しかし、これにより外圧が小康状態となったため、内政に取り組むことができ、テオドシウスはキリスト教の国教化に取り組みます。
古代ローマの神々への信仰は禁止され、神々の像も打ち砕かれます。元老院議事堂前にあった勝利の女神像も撤去されました。388年にローマの元老院に迫り、古代ローマ宗教の廃絶が決議され、キリスト教が事実上ローマ帝国の国教となりました。
もっとも、テオドシウス自身は敬虔なキリスト教徒という訳でもなく、専制君主制と世襲制を引く権威付けとして、王権神授的な概念として、キリスト教を保護し利用しようとしたというのが著者の考えのようです。
しかし、神の前では子羊にしか過ぎない世俗の皇帝は、次第にキリスト教会の権威を無視できなくなり、ついに、テッサロニケでのキリスト教徒の暴動を契機に、ミラノ司教がテオドシウスを破門し、テオドシウスが司教の足元に許しを請うという事態が発生、ここにキリストの勝利が確立しました。
このシリーズでは、「ローマ人」の物語であるため、初期のローマ人の特質、すなわち敗者を含む他者に寛容であり、他民族をローマ化し、その長所を学んでいくとという点を高く評価してます。
そして、キリスト教はこれらローマ人の特質に反し、一神教であるため他者に不寛容であり、異教徒を迫害し、その遺産を破壊するものとして見ており、ローマ帝国がローマ人の帝国でなくなっていくという史観に立っています。
塩野七生自身は「神の代理人」などを著したこともあり、反キリスト教信者ということではないと思われますが、当時のローマ帝国が置かれた立場において、古代ローマ宗教国のままで続けるか、キリスト教国に代えるかというのは、面白い選択肢ではあったと思います。

おそらくローマ帝国にとって致命傷となったのは、古代ローマ宗教を捨ててキリスト教国となったということよりも、蛮族に対して宥和政策を取り、蛮族の移住を認め、ローマの蛮族化が進んだことだと思います。
蛮族に対して宥和政策を取ったところで、恒久的な和平が構築できる筈もありません。蛮族が更なる利益を狙って攻勢を強めるのは、よほどのお人好しでない限りは当然のことだと思います。
国土の切り売りや、譲歩を重ねたところで、それで「平和」が訪れるという訳ではないのは、古今東西歴史が示しているとおりです。

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